スポンサードリンク

2016年04月13日

番長を理解できる男、江夏豊。

同じ覚醒剤で逮捕された江夏さん。



清原和博元選手の気持ちがわかるとのこと。



大きすぎる一度の過ちだが、



更正して、野球に恩返ししてほしい。



 



江夏豊は一度の過ちで立ち直った…その「事実」こそが清原和博へのメッセージ

 プロ野球の元スター選手、清原和博被告の覚醒剤事件による球界の信頼失墜は想像に余りあるが、今から四半世紀前のこと、伝説となった「江夏の21球」で知られる左腕、江夏豊も覚せい剤取締法違反(所持)の現行犯で逮捕された。不世出の打者と球史に名を刻んだ投手。2人のキャリアには共通点が多く、引退後は輝かしいキャリアから「名球会」会員になった(江夏は逮捕時に脱会したものの、のちに復帰)。江夏は過去の過ちについて多くを語らないが、「失敗しても償うことはできる」と肝に銘じて復帰を果たした。二度と同じ失敗をしないという「鉄の意志」こそが、清原にとって最大の手本となる。



■他人の痛みを理解できるか



 阪神→南海→広島→日本ハム→西武。「球界の渡世人」といわれた江夏は36歳でメジャーに挑戦したが、夢破れた。一方の清原も“山あり谷あり”の野球人生を送り、チーム内で反発を繰り返した。葛藤と苦悩の末に3球団を渡り歩いた。引退から8年後に“魔が差した”としか思えない不祥事を起こしてしまう点でも両者は一致する。



 『善と悪』(メディアファクトリー)。いささかセンセーショナルな題名の本がある。ノンフィクション作家の松永多佳倫が江夏の野球半生に鋭く迫った。最終章の「罪と償い」で最大の“恥部”ともいうべき「あの日」について答えている。



 「なんでそんなことをしたのか、今から考えるとバカだったなと思うけど、これはもうそのときの心理状態とか環境とかいろんなことがあって、自分でそういうものに走ってしまった」「過去のものすべてを失って刑を受けて自分で償ってきた。出てきて、またゼロから今現在までに至っている。できることなら自分はそういう苦しみ、痛みのわかる人間でありたいな」



 2年4月という実刑判決。プロのマウンドで築いてきた地位も名誉も失いかねない重い「代償」だった。刑期をまっとうした江夏は二度と同じ過ちを犯さないと良心に誓った。「失敗を犯しても必ず更正できる」ということを自ら示し、球界の表舞台に這い上がってきたのである。



 現在、野球評論家としての江夏が最も大切にするルールが「他人を裏切らない」という大原則だ。「情報源を持っている人間を大切にすることが、ひいては貴重な情報を得ることにつながる」。選手時代は球団の監督・コーチに裏切られ、引退後は図らずもファンや関係者を裏切ってしまった江夏の言葉だけに説得力にあふれる。



■証言台に立つのは誰か?



 球界事情に詳しいある出版関係者は「清原事件によって、似たような過去のある江夏のことが一部で論じられている。2人が名を連ねる名球会はさぞ困惑し、安易に手を差し伸べられない状況だと想像する。そもそも、名球会という組織に不信感を抱くファンは多く、入会の条件が“後付け”で変わるなどスポーツマンシップと少しかけ離れている。清原事件によって、名球会が『人徳』を映しているわけではないことも露呈した。事件のほとぼりが冷めるのを待っているような印象すらある」と懐疑的に話す。



 江夏の裁判では「鉄人」衣笠祥雄(元広島)が親友として証言台に立ち、寛大な処置を訴えたとされる。清原の初公判は5月17日に行われる予定だが、球界の誰が情状酌量を求めて証言台に立つのか、早くも注目されている。引退後、江夏以上に敵の多い清原だけに「あえて腫れ物に触りたくない」という心理が透けてみえる。



 清原によると、巨人から放出される際に球団側からきちんとした説明はされずに、事実上の「戦力外」だったという。江夏同様、清原の現役時代の晩年は孤独と寂寥感が漂い、引退後はまさに“一匹狼”のようだった。それだけに、清原と関わりのあった野球人たちの心あるサポートが不可欠のように思えるのだが…。

posted by 内田 at 02:32| Comment(0) | スポーツ 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月30日

【巨人】開幕4連勝!野球賭博問題をはねのけろ!

開幕前、野球賭博問題で報道を騒がせていた巨人が、



今度は実力で報道を騒がせている!



開幕から4連勝と好スタート!



新人監督の開幕4連勝は、由伸監督の慶応大学の先輩、



1981年の藤田監督以来35年ぶり!



「僕の記録は、どうでもいいですけどね。」



と謙虚な発言も、好感が持てる。



大黒柱の阿部捕手が体調不良で



2軍スタートという逆境も、小林選手がカバー!



選手もこのままでは終われないだろうし、



今回原前監督からバトンを渡された由伸監督を



男にするためにも、奇しくも開幕前のゴタゴタが起爆剤になった形か。



目下新人監督開幕5連勝という記録にも注目だが、



球界のイメージ回復の為にも、白熱した試合で盛り上げてほしい!



 



【巨人】由伸監督が開幕4連勝!クルーズ、ギャレ、立岡弾で快勝

◆DeNA2―6巨人(29日・横浜)



 ◇セ・リーグ 巨人6―2DeNA(2016年3月29日 横浜)



 巨人は新助っ人コンビのアベック弾を含む3本塁打の一発攻勢でDeNAに快勝し、開幕4連勝を飾った。就任1年目の高橋由伸監督(40)は、球団の新人監督では慶大の先輩でもある藤田元司元監督が81年にマークして以来、35年ぶりの快進撃となった。



【写真】立岡(左から3人目)らナインを出迎える巨人・高橋監督(同2人目)



 2回に5番・クルーズの左越えソロで先制すると、4回には4番・ギャレットの2戦連発となる右越え2ランで加点。新助っ人コンビのアベック弾でプロ初登板初先発となったDeNAドラフト1位・今永に洗礼を見舞うと、5回には2番・立岡にもプロ初本塁打となる右越えソロが飛び出した。



 打線好調の巨人は8回にも代わった小杉から坂本の中犠飛、ギャレットの適時打で2点を追加するなど10安打で6得点を挙げた。



 投げては先発のポレダが危なげない投球で7回を3安打無失点に抑え、今季初勝利。就任1年目の高橋監督は12球団唯一の開幕4連勝で、30日には球団新記録に挑む。

posted by 内田 at 01:31| Comment(0) | スポーツ 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月19日

清原容疑者を許すべき 元プロ野球選手、愛甲猛が暴露!クスリ漬けになった理由、カネや女の話…

清原元選手の現役時代からよく知っている
愛甲氏が、インタビューに応じている。


 



 



清原容疑者を許すべきだ!愛甲猛が暴露!クスリ漬けになった理由、カネや女の話…

[http://s.eximg.jp/exnews/feed/Shueishapn/Shueishapn_20140817_33963_1_s.jpg]



 2月2日、覚せい剤取締法違反で逮捕された


元プロ野球選手の清原和博容疑者。


長年にわたって覚せい剤に溺れていたことがうかがえ、


ただでさえ覚せい剤は再犯率が高いだけに、


今後の更生は生半可な覚悟では難しいと思われる。



「それでも、誰かが手を差し伸べてやらないといけない。


彼は、誰もが憧れた長嶋(茂雄/読売ジャイアンツ


終身名誉監督)さんや王(貞治/福岡ソフトバンク


ホークス取締役会長)さんと同じく、


今の若い選手たちが憧れたスーパースター。


子供たちに夢を与えてきた男なのだから、


更生したら、野球人として一生懸命野球を教える。


そういう道を与えてやらないとダメだ。



 当面はプロや高校からは声がかからないかも


しれないけれど、少年野球でもいいじゃないか。


それこそ、本当に『泥水を飲む覚悟』で


“野球人の原点”


に戻るべきだ」



 こう語るのは、「現役時代から清原ファンだった」という


元プロ野球選手の愛甲猛氏(ロッテオリオンズ


<現千葉ロッテマリーンズ>、中日ドラゴンズで活躍)だ。



 愛甲氏は2009年の著書


『球界の野良犬』(宝島社)の中で、こう書いている。



「ライバルチームの選手ではあるが、俺はキヨのファンだった。


ヤツは言葉にウソがなく純粋である。


グラウンドで対峙しながら『打て!』と願った打者は、


オチさん(落合博満/中日ゼネラルマネジャー)とキヨだけだ」



 その愛甲氏が、再び清原容疑者への思いを語った。



「同じ甲子園優勝選手といっても、俺とは格が違いすぎる。


特に、打撃力はまぶしいものがあったよ。


俺は一塁を守っていたから、キヨとは試合中に


何度も言葉を交わした。『昨日、引っ越ししたら、


部屋の封筒から100万円出てきました』なんて、


金に無頓着な話もよくしていたし、


女の話も屈託なく話してきたけど、


そんなキャラも好きだったんだ」



 中学時代から暴走族に憧れ、湘南界隈では


名の通った人物だった愛甲氏は、


若き日の清原容疑者について、「野球では


何倍もすごい後輩であり、不良に憧れるに


おいも感じていた」と語る。



●清原容疑者の悲劇の始まりとは



「俺のように不良時代に貧乏だった男と違い、


キヨはごく普通の家庭に生まれて不自由なく育った。


プロ入り後も結果を残し、FA(フリーエージェント)移籍した


巨人で初めて大きな壁にぶち当たった。


その時、すでに何億円も持っていて、


同時にヤクザ社会に憧れていた。


その結果、近寄ってくる人の“判別”ができなくなり、


食い物にされてしまったんだ」


 金目当てに近づいてくる人物の素性を


見抜けなかったことが、「キヨの悲劇の始まりだった」と、


愛甲氏は寂しげに続ける。



「俺は引退後にVシネマでヤクザ役を


やったことがある。その打ち上げパーティで、


ある親分さんに『ワシらの世界の人間とは、


付き合ってはアカン』と教えられた。


昔はそういう侠客も残っていたけれど、


今は素人を食い物にしようとする輩が増えてしまい、


キヨもその餌食になってしまった面もある。



 この親分さんのみならず、横浜高校の


渡辺(元智)前監督、張本勲さん(野球評論家)、


落合博満さん、星野仙一さん(楽天野球団取締役副会長)、


有藤通世さん(野球評論家)など、


俺には『この人にはかなわない』と思える


“抑止人”(よくしびと)が何人もいて、


時にはぶん殴られて育った」



 清原容疑者は、1985年のドラフト1位で


西武ライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)に入団する。


そして、当時の堤義明オーナーの寵愛により


「誰も叱れない存在」になってしまったことも、


今回の悲劇を招いた一因といえるだろう。



「野球賭博問題もそうだけど、プロ野球選手は


名前が売れるといろんな輩が金目当てに近づいてくる。


そこで、なんらかの抑止力が働いていれば、


善悪の判断もついたはずだ。


しかし、キヨの場合はすべてが思い通りになり、


抑止人がいなかった。人生勉強ができなかったため、


クスリ漬けにしようとした人物の悪意を見抜けなかったんだろう」



●現役時代に大乱闘で見せた弱さ



 今さら書くまでもないが、素顔の清原容疑者は涙もろい男である。



 寮生活のPL学園高校時代は、ホームシックにかかり、


母親との電話で泣いた。


試合で負けると、涙を流し続けながらバットを振り込んだ。


西武時代には、日本シリーズで巨人を倒して


日本一になる直前、グラウンド上で涙を流した。


2008年の引退試合でも、子供のように泣きじゃくった。



 また、清原容疑者は情にものすごく厚い。


05年の盟友・佐々木主浩氏(野球評論家)の


引退登板では熱い抱擁を交わし、


自身の引退試合に駆けつけた金本知憲氏


(阪神タイガース監督)には、その後恩返しをしている。



 車椅子生活を余儀なくされたPL時代の先輩には、


車椅子をプレゼント。


現役時代にデッドボールを与えた投手が引退後に


開いた店をお忍びで訪れるなど、


人間性を表すエピソードには事欠かない。



 分け隔てなく人と付き合う。


そんな「義理と人情」にあふれた素顔も、


今回の悲劇を招いてしまった要因である。


現在は子供たちに野球を教え、数多くの友人に


囲まれている愛甲氏も、そんな清原容疑者に親近感を


覚えると同時に、「いくつかの『弱さ』が目についた」と語る。


その代表が、89年9月のロッテ戦で起きた、


平沼定晴投手への“バット投げ事件”だ。



「あの時、俺は同じグラウンドに立っていたけれど、


キヨはプロ野球選手の命であるバットを投げつけた挙げ句、


うちのマイク・ディアズに追いかけられると、


応戦することもなく逃げてしまった。


後で涙を流さんばかりに謝っていたけれど、


あれは喧嘩慣れしていない証拠だよ。



“番長”というフレーズに憧れはしたものの、


素のキヨは弱い人間なんだ。そんなキヨだからこそ、


一度クスリに手を出したら、やめられなくなってしまうのも


当たり前。もっといえば、人間なんてみんな弱さを持っている。


俺だってそうだ。弱さを自覚できる人は、


少しでいいからキヨを理解してあげてほしい」



●実現しなかった、愛甲氏と清原容疑者の対談企画



 遠い目をしながら、愛甲氏が続ける。



「引退してからキヨとは会っていなかったけれど、


いろんな人から『キヨがおかしい』と聞いていた。


2年ぐらい前、ある出版社でキヨとの対談が


企画されたことがある。キヨに会えたら、


昔話に花を咲かせて野球人としての


リスペクトを伝えた後、


最後に先輩として『キヨ、お前は俺なんかと違って、


スーパースターなんだぞ。子供の夢を壊すなよ』と


諭すつもりだった。しかし、キヨは出てこなかった」



「平成の怪物」といわれた松坂大輔投手


(福岡ソフトバンクホークス)の豪速球を


東京ドーム上段の看板にぶち当てたこともあるように、


ここぞという場面での清原容疑者の勝負強さや爆発力は、


落合氏も原辰徳氏(巨人前監督)をも凌駕した。



 現役22年間で積み上げた本塁打525本は、歴代5位。


長嶋氏や落合氏、松井秀喜氏(ニューヨーク・ヤンキース


GM特別アドバイザー)をも上回る本数だ。



 80年代後半〜90年代前半の西武黄金期は、


1年目から4番に座った清原容疑者の存在なくしては


あり得なかった。その後から今日まで続くパシフィック・リーグ


人気の礎は、清原容疑者によって築かれたといっても過言ではない。



「プロ野球への貢献度は、誰も追いつけないぐらい



すさまじいものだったはず。野茂英雄(サンディエゴ・パドレス



編成アドバイザー)、伊良部秀輝(故人、ロッテやヤンキースなどで活躍)、



佐々木……名投手の誰もが、キヨとの対決を待ち望んでいた。



キヨ見たさに、何人のファンが球場に足を運んだ? 



豪快なバッティングは、どれだけメディアを賑わせた? 



テレビも新聞も、もちろんファンも、多くの恩恵にあずかったはずだ。



それが、『報道』という名の下で手のひらを返す。プロ野球人として腹立たしい。



 覚せい剤に手を出したことは、確かにどうしようもない行為だ。



けれど、過ちを犯さない人間なんていない。球界におけるキヨの



偉大さや貢献度を考えたら、



『過去の過ち』として、一度は許してあげなければダメだ」



 愛甲氏の言葉通り、どれだけの人が清原容疑者に憧れ、



そして夢を与えられたか。



覚せい剤をやめるのは並大抵のことではないが、



今後更生することがあれば、その時は野球人として



復活する道を閉ざしてはいけないはずだ。



 罪を償った後の清原容疑者を救うことができるのは、



芸能界でもバラエティ番組でもなく、野球であり、



球界でしかない。それだけは確かだ。

(文=小川隆行/フリー編集者)



posted by 内田 at 02:03| Comment(0) | スポーツ 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
スポンサードリンク
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。